oneself

森岡亮太

2014-09-27
3期生森岡亮太が日本代表に選出され、わずか5分間だったがA代表としてピッチに立った。
自分たちの教え子がA代表でピッチに立つなんて夢のような話だ。
本当に嬉しい。

今から思えば本当にサッカーが好きな少年だった。
solceu発足時は最高学年が4年生(1期生)から始まり、その時の2年生から体験入部に来ていた。
1期生が4人、2期生が10人だったので3期生の亮太は飛び級で1期生の試合にスタメンで出場していた。
この3期生だけ4年間以上自分が連続して関わったのでいろんな事を濃厚に覚えている。

サッカーが好きと言ってもいろんな形がある。
亮太は自分が出ていない他チーム同士の試合も積極的に見たがった。
「コーチ試合観てきていいですか?」
いつも言いに来た。
4年生くらいになると腕を組んで他チーム同士の試合をにらむように観ていた。
大会や練習試合に行っても、自分の試合、自分のアップ、休憩時間のサッカー遊び、他チーム同士の試合を観る、これでもかというくらいにサッカーに時間を費やしていた。
亮太が高校生くらいになってこの時の話をした。
「いつも他チーム同士の試合を観ていたやろ。あの時に何を考えていたんや?」
亮太は「全ての選手の全てのプレーを観て自分やったらどうするやろって考えていました。」
とのこと。
「自分のプレーで成功しても、もっと他に何かあったはず。失敗したら次はどうするかって考えていました。」と言っている。
だから失敗した時に『あっ』って言っている選手をみると『もったいない』と思うらしい。

子どものころから大柄で低学年の頃は速さと大きな歩幅で相手を抜いていた。将来の為と思い、スピードの遅い選手の速さに合わせてサッカーしてみろと言ってみた。最初は上手くいっているのにわざわざそんな事をしなくてもという顔をしていたが、相手の逆をとる面白さを覚えたころからファンタジスタの匂いがしてきた。
練習や試合で『こんなプレー出来たらおもろいぞ』と教えてみると見事なタイミングでそのプレーを披露した。おそらくたくさん試合を観ていたから出来たのだろうと思う。
亮太は練習で楽しくワイワイ・キャッキャッとプレーしていた。周りの子ども達が単純にその雰囲気で緩い練習をしているとする。紅白戦くらいになると亮太が周りの選手に「ちゃんとやれや!」と怒りだす。亮太は本気で上手く(遊びの達人に)なるための練習を楽しくしていて、周りの選手はそこで違いに気が付いていた事もあった。
レベルの高いチームと対戦した時、最初はみんな深いプールで溺れそうな感じになってしまう。そのうち亮太はそのレベルでスイスイ泳ぎだす。水位(レベル)が上がっても上がってもその場で上手くなる『底なし感』があった。

『上手さ』にこだわりを持ってプレーするのが亮太の良いところだった。
しかし、そのこだわりが全て上手くいくとは限らない。
トレセンなどではボールを持ちすぎるので『使いにくい』選手でもあった。
それが評価となりその場所では優遇されずに苦い汁をたくさん飲んだ。

中学生になり学校のクラブに通いながら当時あったsolceu U=15サッカースクールに通っていた。
児島コーチからいろんなテーマを与えられても面白いように解決していった。
例えば中学生と小学生の対戦で、小学生チームの中に一人だけ亮太が入れられたりと。
それでも自分の個人技と小学生を上手く使い勝利するなどサッカーでは底なしの力を見せていた。

高校生になり久御山高校で1年生ながら高校選手権京都府予選の決勝で1-0の決勝点を入れて全国大会へ行った。
『結果を出す男』の一つの例である。
この一勝はもちろん亮太だけの力だけではない。
しかし、小学生時代にフジパンカップ(関西大会)、バーモントカップ(全国大会)に出場しているが、チームの90パーセントくらいは亮太が得点を取っている。しかもここぞというときは亮太が得点していた。
中学校でもsolceuでフットサルの全国大会に出場し、高校では1年生で選手権、2年生・3年生ではインターハイに出場している。
『結果を出す男』である。
(6年生のバーモントカップ全国大会の優勝チームのエースが浦和レッズから海外移籍した原口元気選手だった。対戦することは無かったが、みんなでスタンドで観ていて「あの選手凄いな」と言っていた。その選手とJリーグで亮太が試合をしている風景を観たときは凄く不思議だった。)

『結果を出す男』は仲間に恵まれている。
小学生、中学生、高校生と仲間や関わる人に恵まれていたのだろう。
亮太のお母さんの話を聞いたことがある。
高校1年生の時の話。
まだ、選手権の京都府予選の段階だった。
「亮太は3年生と1日でも長くいたいと言っている。だから頑張っている。」と聞いた。
松本先生や先輩たちに可愛がられていたのだろう。
その思いで『決勝点』を取らせていただいたのだろうと思う。

非常にまじめな一面を持っている。
5年生の時にトレセンに選ばれ、その時に、
「炭酸飲料は飲んではいけません。ファーストフードを食べてはいけません。夜は10時に寝てください。」
と全員に言われたそうだ。高校を卒業するまで、これを守ったとのこと。
これは凄いと思う。

プロになった時も「これは通過点です。」と言っていた。
世界に行きたいと強く思っている。
きっと叶うだろう。

小学6年生でブレトレを学び、それを信じて今も活動している。
中学2年生時にトレセンのBチームの補欠の時でも本人はオリンピックに行くつもりだった。実際にはロンドン五輪には行けなかったがラージ枠の40人の中には入っていた。

今回の日本代表の選出で定着するかは分からないが、4年後のW杯のメンバーには入る気がする。
定着すれば喜ばしい事。
これまでのキャリアも順風満帆ではない。
まだまだ苦い汁を飲ませて頂きながらの成長もいいと思う。
あわてず、プレッシャーを楽しめる実力をしっかり付けてからでもいい。

亮太は「楽しくサッカーさせてもらってきた自分がプロになったから成功したい。成功することによって同じような選手が出てきてほしい。」と自分に責任感を持っている。
そんな亮太が今後も活躍してくれる事に期待しよう。
まだまだ若い。怪我に気を付けて、体調を整えて、楽しく成長してほしい。

『未来を夢見て』


(追伸)
自分の夢を信じている人を応援したい。
それは亮太だけの事ではない。
サッカーをしている、していないも関係ない。
一生懸命に夢を追いかけることが素晴らしいのだ。